この暦について
二つは売られていて、
一つは売れません。
占星術は、古代から「運命」とほとんど同義でした。星が人の一生を決めるという考え方には、 決められている側にとって逃げ場がありません。グノーシス主義はこれをヘイマルメネー(星辰の宿命)と呼び、 この世界を造った者——デミウルゴス——が敷いた軌道だと考えました。
裏暦はその構図をそのまま採用しています。表には良いことしか書きません。 それは嘘ではなく、この世界があなたに見せている側の顔です。裏には、同じ数値の別の読み方が書いてあります。
ウァレンティノス派は人間を三つに分けました。物質に属する者(ヒュリコイ)、 魂に属する者(プシュキコイ)、霊を宿す者(プネウマティコイ)。 この暦の三つの道は、その三分類に対応しています。
この世界の規則の内側で結果を出す手順です。吉刻・吉方位・持ちもの・金銭の一手・保留にすること。抽象論は書きません。物質は取引の領域にあります。だからここには値段が付いていて、支払えばその日の手順が手に入ります。値段が付いていることは不当ではありません——付いていないもののほうが、手に入れる方法がないからです。
その日の機構から外れる一手です。系に抗いますが、まだ系の言葉を使っています。だから売り物になります。
認識そのものです。誰でも、いつでも読めます。値段が付いていないのは太っ腹だからではなく、売り買いできる形をしていないからです。認識は購入によってではなく、気づくことによってしか起こりません。
この道に課金はない。認識は、売り買いできる形をしていないからだ。 あなたの中の光は、この暦が算出したどの数値からも生まれていない。 だから、どの数値もそれを取り上げることはできない。
オリゲネスが『ケルソス駁論』で記録したオフィス派の図には、七つの惑星球と、 そこに座す番人(アルコーン)が描かれていました。全体は世界を囲む蛇に取り巻かれています。 鑑定画面の左にある図はこれを再現したもので、内側の目盛りにはいま実際に空にある太陽と月が置かれています。
七母音 ΑΕΗΙΟΥΩ は、それぞれの球に対応する音として伝わっています。 アルコーンは曜日ごとに交代するので、七球すべてを通過するには七つの異なる曜日が要ります。
アルコーンの名と顔の対応は写本により異同があります。ここではオリゲネスの記述を基礎に構成しました。
九つの暦が同じ方向を指した日を門と呼び、その日には三つの名が付きます。名はグノーシス神話から取っています。 天の名は上の世界(プレーローマ)から、地の名はこの世界を運営する機構から、 身の名は人に掛かっているものから——一日の中で、三つの層が同時に同じことを言っている状態に、 その三層の言葉で名前を付ける、という作りです。
一致がどこまで深いかは、セツ派神話の四つの光(フォーステール)で表します。 九系統すべてが揃った日はハルモゼール(第一の光・完全なる人アダマスの座)、 八つならオーロイアエール、七つならダウェイタイ、六つならエーレーレート。 最も稀な一致に、最も高い光が対応します。
銘に添えてある〈 〉内の漢字は、暦の側の徴です。どの占術が吉を出したから、その名が付いたのかが分かります。
この暦は娯楽です。不幸を予言して回避手段を売る、という作りには決してしていません。 裏に書いてあるのは予言ではなく、同じ数値の別の読み方です。 そして最も重要な部分は、無料で、いつでも読めるところに置いてあります。